大判例

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最高裁判所第一小法廷 平成2年(行ツ)182号 判決

神戸市垂水区狩口台一丁目一四番一〇一号

上告人

林和彦

広島県呉市西中央二丁目一番二一号

被上告人

呉税務署長 北條靖男

東京都千代田区霞が関三丁目一番一号

被上告人

国税不服審判所長 杉山伸顕

右両名指定代理人

福永敏和

右当事者間の広島高等裁判所平成二年(行コ)第三号課税処分・審査裁決取消請求事件について、同裁判所が平成二年七月一八日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告人の上告理由について

原審の適法に確定した事実関係のもとにおいては、所論の点に関する原審の判断は、是認するに足り、その過程に所論の違法はない。所論は違憲をいうが、その実質は単なる法令違反を主張するものにすぎず、原判決に法令違反のないことは右に述べたとおりである。所論引用の判例は事案を異にし本件に適切でない。論旨は、ひっきょう、独自の見解に立って原判決を非難するものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大堀誠一 裁判官 大内恒夫 裁判官 四ツ谷巖 裁判官 橋元四郎平)

(平成二年(行ツ)第一八二号 上告人 林和彦)

上告人の上告理由

第一点 原判決の判断に、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違背があり、かつ最高裁判所判例に相反する判断をした違法がある。

すなわち、行政事件訴訟法第十条二項は、原処分主義を採用し原処分の違法事由は常に原処分を対象とする取消訴訟によってのみ争うべきものとし、さらに、第十一条において、被告適格を有する者は原処分庁であることを明記しており、原処分ののち異議審理庁の異議決定があったかどうかを問うものではない。従って、原審は原処分の違法・適法について判断すべきであり、異議審理庁の異議決定がなされたか否かを斟酌する必要はないのである。しかるに、原審の判断は、「原処分のうち異議決定により取消された部分の取消を訴訟において求める訴えの利益はない。(判決要旨)…原審の引用する一審判決一一枚目裏七行冒頭から一二枚目表五行目末尾まで及び一二枚目裏四行から七行…」とするものであり、さらに、原審判決七枚目十一行以下、「以上の次第で、本件賦課決定における適用条文の誤りの瑕疵は、重大かつ明白なものとはいえず、かつ、本件異議決定により是正されたものであり、本件異議決定により一部取消された部分を除く本件賦課決定の取消しを求める請求は理由がなく棄却すべきである。」とするものであり、原審の判断は畢意、行政事件訴訟法第十条二項、同第十一条の解釈適用を誤ったものと言うべきであり、次に示す最高裁判所判例に相反する違法なものである。

行政事件訴訟法

(取消しの理由の制限)

第十条 (略)

二 処分の取消しの訴えとその処分についての審査請求を棄却した裁決の取消しの訴えとを提起することができる場合には、裁決の取消しの訴えにおいては、処分の違法を理由として取消しを求めることができない。

(被告適格)

第十一条 処分の取消しの訴えは、処分をした行政庁を、裁決の取消しの訴えは、裁決をした行政庁を被告として提起しなければならない。

※ 昭和二十八年十月三十日・最高裁判所

取消し訴訟において裁判所が行政処分を取消すのは、行政処分が違法であることを確認して、その効力を失わせることであって、弁論終結時において、裁判所が行政庁の立場にたって、処分のちの事情を斟酌して当該処分の当否を判断すべきものではない。

※ 昭和四十九年七月十九日・最高裁判所・民集二八―五―七五九

原処分を取消し又は変更する裁決は、異議決定庁を拘束するが(旧[国税通則]法七五条、行政不服審査法四三条、新[国税通則]法一〇二条)、原処分を適法と認めて審査請求を棄却する裁決があっても、異議決定庁は独自の審理判断に基づいて自ら原処分を取消し又は変更することを妨げないと解すべきであって、その可能性が残されているかぎり、異議申立人は異議決定庁に対し、さらに原処分の取消し又は変更を求める利益を依然として保有するものと言わなければならない。

第二点 さらに、原判決の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違背があり、かつ最高裁判所判例に相反する判断をした違法がある。

すなわち、一審判決の一四枚目表一〇行冒頭から同一四枚目裏四行目末尾までを改めた原審判決表六枚目七行冒頭から七枚目表八行目末尾までにおいて、特に、六枚目裏二行目「本件賦課決定(原処分)は適用条文を過った瑕疵があり、違法な行政処分であると言わなければならない。」と宣言しながらも、以下に違法な解釈を付加することによって、被上告人等に迎合する違法な判断を下した。

そもそも、国税通則法に規定する無申告加算税の賦課決定の根拠条文は、

〈1〉 六六条一項本文(無申告加算税の重課)

〈2〉 六六条一項但し書き(正当理由による無申告加算税の免責)

〈3〉 六六条三項(無申告加算税の軽課・決定があるべきことを予知してなされたものでない場合)

の三箇条である。各々の条文を適用した処分は外部に向けて表示された場合、各々別個の処分であり、法律効果を異にするものである。従って、原審判断「本件賦課決定(原処分)は適用条文を過った瑕疵があり、違法な行政処分であると言わなければならない。」における瑕疵は重大かつ明白であり、無効である。先に引用した最高裁判所判例・昭和二十八年十月三十日によれば、原処分ののち原処分庁がいかなる処分を行ったかを斟酌する必要はなく、原審判決六枚目裏三行目冒頭、しかしながら以降は無用な判断である。この点については、次の最高裁判所判例にも相反する判断である。

※ 昭和二七年一月二十五日・最高裁判所・民集六―一―二二

行政処分の取消し又は変更を求める訴えにおいて裁判所の判断すべきことは、係争の処分が違法に行われたかどうかの点である。

国税通則法六六条一項本文を適用した原処分の瑕疵が軽微であり、その一部を取消すことによってその瑕疵が治癒すべき場合とは、具体的には、税額の算出根拠である課税標準額が過大に見積られていたり、税額算出の過程で誤謬があった場合等に、課税標準額を正しく更正し、あるいは正しく算定し直した結果、その瑕疵が治癒し、原処分が補正され、なお有効に法律効果を保持する場合を言うのである。

そもそも、異議審理庁たる税務署長が「異議決定」において異議申立人の請求の全部を容認しあるいは一部を容認する決定(国税通則法八三条三項)をすることは、処分庁たる税務署長に対して、同法三二条二項を適用し、原処分を取消し、「再賦課決定(当初賦課決定の変更決定)」処分をすべきことを促している処分である。ところが、「異議決定」の根拠は処分庁の権限に属する同法三二条二項であるとする、不法な法理から、「異議決定」が「原処分を減縮する処分である」という、さらには、「本件賦課決定(異議決定により一部取消された後のもの)」という珍奇な法理が派生したものである。同様に、「異議決定があった場合の原処分とは、異議決定によりその一部が取消された後の原処分である」とするなど、あくまでも、国税通則法六六条一項本文を適用した原処分(当初賦課決定処分)と同法六六条三項を適用した処分(異議決定)が同一の性質を有する処分であるかの如く、詭弁を弄した判断をし、被上告人・呉税務署長の行った原処分の「裁量権の逸脱・濫用」から目を反らさせようとした違法がある。

先に示した通り、国税通則法に規定する無申告加算税の賦課決定の根拠条文は、

〈1〉 六六条一項本文(無申告加算税の重課)

〈2〉 六六条一項但し書き(正当理由による無申告加算税の免責)

〈3〉 六六条三項(無申告加算税の軽課・決定があるべきことを予知してなされたものでない場合)

の三箇条である。この内、原処分庁が自ら自白しているように、更正又は決定のための調査が元々存在していなかったのであるから、〈1〉の六六条一項本文(無申告加算税の重課)が根拠条文として選択される余地は無かったのである。それにも拘わらず、敢て、〈1〉の六六条一項本文(無申告加算税の重課)を適用した原処分は、裁量権を逸脱した恣意的な処分であり、財産権の違法な侵奪を試みたものであり、かかる処分は裁量権をいたずらに濫用した処分であり無効である。

第三点 さらに、原判決の判断には、最高裁判所判例に相反する判断をした違法があり、かつ憲法の解釈・適用 を誤った違法がある。

すなわら、本件賦課決定通知書に、根拠条文および処分の理由が附記されていないことは当事者間に争いがない。しかしながら、単に個別の法がその規程を欠くからといって、根拠条文の明示及び理由附記を欠く行政処分が正当化されることはない。

行政処分に一義的明確性、証拠資料性が要求されるのは、益々複雑化し、煩雑化した社会にあって、不利益処分から国民を裁判上保護するためである。不利益処分は通常文書によることとされているのはこのためである。従って、根拠法条の明示なり摘示は、法令が明文上求めておらなくても、法定手続きの保証を規定した憲法三一条が直接要請していると解すべきである。

さらに、理由附記については、昭和四五年五月二〇日・東京高等裁判所・行集二一―五―八一三は、明文の規程が無いにも拘わらず、争訟裁断的行政処分について、理由附記を認めた先進的な判決である。行政手続きの適性化ひいては相手方の権利保護について果たすべき理由附記制度の重大性から見ると、少なくとも相手方に重大な不利益を及ぼす行政処分(争訟裁断的行政処分ないしは租税法のように国民の財産権を直接侵害するような行政処分)については、明文の規程がなくても理由附記が不可欠であるとするのが概ねの学説の説くところである。その根拠とするのは、理由附記による次の機能に着目したものである。

〈1〉 第一点 行政機関としてその結論に到達した理由を相手方国民に知らしめるという了知機能である。

その効果として、国民が公権力の行使を争う際に、争点が明確・鮮明となり、攻撃防禦がより容易となることである。

〈2〉 第二点 理由附記を処分要件とすることにより、決定機関の判断を慎重ならしめると共に、審査決定が審査機関の恣意に流れることのないように、その公正を保証する機能である。

〈3〉 第三点 理由附記により処分を特定する、つまり争訟における争点を特定する機能である。

個別の法令がその規程を欠くからといって、理由附記を求めていないことにはならず、かかる機能を担保するため、適性手続きを定めた憲法三一条が直接要求しているのである。従って、根拠条項の明示及び理由附記を欠く行政処分は形式用件を欠き無効である。

第四点 さらに、原判決の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違背があり、かつ最高裁判所判例に相反する判断をした違法がある。

すなわち、上告人が、国税通則法六六条一項本文を適用した原処分の取り消しの裁決を求めたのに対して、被上告人・国税不服審判所長は、原処分が違法であると確認しながらも裁決を誤り、同法七六条一号により審査請求等の不服申立てをすることができない処分、つまり、同法六六条三項を適用した異議決定処分の適法を宣言し、上告人の審査請求を棄却したもので、この瑕疵は裁決固有の瑕疵であり、原審は裁決の無効の判断を下すべきであった。ところが原審は、この矛盾を糊塗するため、被上告人・国税不服審判所長が用意した次に引用する詭弁を鵜呑みにし、ひいては、最高裁判所・昭和五一年五月六日・第一小法廷判例に相反する違法な判断をしたものである。

被上告人・国税不服審判所長準備書面から引用する。

[国税に関する処分についての不服申し立てについては、国税通則法七五条以下に規程されているところであるが、同法七五条三項の規程からも明らかなように、異議決定があった場合において、審査請求の対象となる処分は、異議決定を経た後の処分とされている。…本件審査請求の対象となる処分は、異議決定によって一部が取消された後の原処分である。…]

かかる説が詭弁であることは、次に引用する最高裁判所判例が詳しく判示していることにより明らかである。かかる詭弁を容認した原審の判断は、畢竟、国税通則法七五条、七六条の解釈適用を過ったものと言うべきであり、右の違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。

※ 最高裁判所、昭和五一年五月六日、第一小法廷判決、民集三〇―四―五四一

国税通則法によれば、異議申立てにつき税務署長がした決定は、同法七五条一項一号に揚げる不服申立てに対してした処分として同法七六条一号にいう『前条の規程による不服申立て…についてした処分』に該当するから、これに対しては、更に審査請求等の不服申立てをすることができないこととされているのである(最も同法七五条三項は、『当該異議申立てをした者が当該決定を経た後の処分になお不服があるときは、その者は、国税不服審判所長に対して審査請求をすることができる』旨を規定しているが、右にいう『処分』が異議申立ての対象となった処分(原処分)を意味することは、文理上明らかであって、右規程は、異議申立てについてした税務署長の決定自体を審査請求の対象とすることを認めたものではない)。

以上いずれの論点よりするも原判決は違法であり破棄さるべきものである。

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